大判例

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大阪高等裁判所 平成2年(う)966号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五万円に処する。

右罰金を完納できないときは金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

被告人に対し、選挙権及び被選挙権を有しない期間を短縮し、これを一年とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人井戸田侃作成及び同塚本誠一、同堀和幸共同作成の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

井戸田弁護人の控訴趣意中、訴訟手続の法令違反を主張する点について

論旨は、要するに、検察官は本件公訴事実第二の一及び二の選挙運動に対する報酬供与に関する各事実について、報酬供与の目的となった選挙運動の具体的内容として、いずれも「投票とりまとめ等」を訴因として明示していたところ、原審はなんら訴因変更の手続をとることなく、その内容として葉書及びしおりを「配布させ投票依頼する行為」及びこれと同様の方法で投票を依頼する行為、と変更して認定しているが、原審における検察官の釈明によれば、投票とりまとめ等とは、投票の取りまとめ及び票読み行為をさしていることが明らかであるから、右行為と有権者に直接投票を依頼する行為とは、事実関係が基本的に異なり、訴因変更手続を要するといわなければならず、これをしなかった原審の訴訟手続は被告人に対して不意打ちとなったから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで所論にかんがみ記録を調査して検討するに、なるほど所論指摘のとおり原判決は、選挙運動の具体的内容として、投票とりまとめ及び票読み行為との訴因(なお、原審において、検察官は、票読み行為とは、訪問先の有権者がMに投票してくれるか否かの感触を確認し、それをMに報告する行為である、と釈明した。)に対し、訴因変更手続を経ることなく、投票依頼行為を内容とする選挙運動の事実を認定していることが明らかである。

しかしながら、原審において、被告人及び弁護人は、当審におけると同様、被告人が未成年者を使用して行った行為は、すべて後援会活動の一環である、そうでないとしても機械的労務をさせたに過ぎない、と終始主張し、実質的に選挙運動と解されるような行為は一切なかった、と主張して争っていたのであり、従って選挙運動の具体的態様の差異、すなわち、それが投票とりまとめ等の行為であったかあるいは投票依頼行為であったかの区別は、被告人の防御には全く影響しなかった、といわざるを得ない。

そうすると原判決が、前述のように卒然として選挙運動の内容を投票依頼行為と認定した点は適切とはいい難いものの、右の点について訴因変更手続をとらなかったことが、被告人に不意打ちを与え、その防御権を著しく侵害したものとは解されず、また選挙運動の具体的態様に関する右程度の変更(ことに前記票読み行為と投票依頼行為との差はわずかといわなければならない。)が本件についての審理の対象に多大の影響を及ぼすものとも考えられないから、原裁判所が訴因変更手続をとらなかったことに所論の違法はないと認められる。論旨は理由がない。

各控訴趣意中、事実誤認を主張する点について

所論は、要するに1被告人が未成年者である原判示A及びBを使用して行った行為はすべて選挙運動ではなく後援会活動の一部であるのに原判決が選挙運動に該当すると認定した点、2被告人は自己の行為を後援会活動にすぎなかったと信じており、またそう信じるに足りる相当な理由があったから、被告人には未成年者に選挙運動をさせているとの認職がなかったのに原判決が故意を認定した点、3仮にA及びBを選挙運動に使用したとしても両名の行為は公職選挙法一三七条の二第二項により許された機械的労務にすぎないから被告人は不可罰であるのに原判決が機械的労務に該当しないと認定した点の三点において、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで記録を調査し当審における事実取調べの結果をも併せ検討するに、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人の指示のもとにA及びBが行った、具体的行為の経過は以下のとおりであると認められる。

すなわち、A(昭和四三年四月二八日生・当時一八歳)は昭和六二年三月一四日に、B(昭和四四年三月二六日生・当時一七歳)は同月一六日にいずれもアルバイトとして、京都府府議会議員立候補予定者M後援会事務所において、後援会事務局所属の被告人から採用面接を受けたうえ採用され、三月一九日までは、概ね被告人が指定した場所にMのポスターを貼る機械的労務に従事していた。

三月二〇日ころからは、被告人の指示を受け、右A、Bらのアルバイト学生らは二人一班となって、前にポスターを貼らせてもらえた有権者の家を個別に訪問し、M後援会のしおり(同人の顔写真、略歴、主張と後援会加入申込用葉書部分が一体となったもの、以下単にしおりという。)を配布するとともに後援会への加入を勧誘する行為に従事するようになり、同月二二日ころからは、さらに選挙運動用葉書(葉書表に、M選挙事務所と印刷され、裏に同人の顔写真と中京区(府会)、無所属などと印刷され、府議会議員選挙用のものであることが一見して明らかなもの、以下単に葉書という。)をも併せて配布することとなった。

ところが四月三日ころ(同日京都府議会議員選挙告示、M立候補届出)に被告人の指示が変わり、それまでの班の編成を変える(その結果AとBが同じ班となった。)とともに、地域を定めて無差別的に各戸を訪問し、しおりと葉書を配布し、その際必ず家人に声をかけ、しおり及び葉書の入った封筒の受取と後援会への加入をすすめ、その住所、氏名、誰に渡したか等を書面にして報告するよう指示し、その後間もなく、さらに受け取った人の反応の良し悪しを三段階に分類し、良い順に○△×と記録し、毎日報告するよう命じ、Aらはほぼ一日五〇軒程度訪問していたが、その一部として四月七日に原判示第一記載の五軒を訪問した。

また、両名は同様の行為を四月一一日まで継続し、同月一二日後援会事務所において被告人から、以上の行為に対するアルバイト料を受領した。

以上の事実経過に関し、被告人は、原審及び当審公判廷において、Aらに対する指示内容はあくまで後援会加入勧誘を目的とするものであって、前記告示の前後で指示を変えたことはなく、またAらに訪問させたのはあくまで後援会に加入する可能性のある有権者宅であり無差別的なものではない、などと供述するのであるが、Aらは具体的かつ一貫して前述のような経過と被告人の指示内容の変遷を供述しており、全く政治的な動機とは無関係に単なるアルバイトとして採用された同人らがことさら虚偽供述をする動機が全くうかがえない点を考慮すると、被告人の公判供述はAらの供述内容の信用性を左右するに足りないというべきである。

なるほど、所論1、2の主張するように、告示後に被告人がAらに配布させた資料には、後援会のしおりがあり、被告人らが作成した訪問先での対応要領マニュアルはあくまで後援会の勧誘を内容とするものであったし、被告人が指示しあるいはアルバイト料を支払った場所は後援会事務所であって、選挙事務所とは異なることを考慮すると、被告人が後援会活動としての形式を整えようと努力していた形跡が認められる。

しかしながら他方、告示期間中に前記の如く明らかに選挙用と認められる葉書をも一緒に配布し、かつ選挙区を学区ごとに分割してアイバイト学生らを動員してくまなく訪問させ、しかも必ず家人に手渡して話しかけることを義務づけるという、後援会加入の勧誘方法としては甚だ非能率かつ異常な方法をとっていたこと、そのため原審証人A及びBは四月はじめ頃からの自分たちの行動について、それまでの肉体労働と異なり選挙違反にあたるのではないかと漠然とした不安を覚えた旨供述していること、さらにしおり等を直接あるいは子供らを通じて受け取った原判示第一の有権者らは全員、AらがMへの投票依頼に来たと感じており、選挙運動期間中であり、しかもこれまでMに全く関係がなかったにもかかわらず突然来訪され、後援会用しおりと選挙用葉書を同時に渡された右有権者らにとってそれはきわめて自然な受取方と考えられること、また四月七日に同人らに配布したしおり等を入れた封筒には、三月二六日に後援会加入申込書部分を回収するとの記載があり、いわば後援会関係については期限切れのものをそのまま配布しているためその点に不審を感じた者もあったこと、の各事実を考慮すると、後援会活動の外形を借りた選挙運動の実質を持つのでないかと解するのが合理的とも考えられる。

以上に加え、被告人が取調べを受けた捜査段階の当初から、Aらに有権者宅を無差別的に訪問させたり選挙用葉書を配布させて選挙運動に使用した事実を認める供述をし、その後の供述調書中においては、告示前の有権者の感触が悪く、後援会加入者も少なく、それまでのように後援会加入の可能性がある人のみへの働きかけでは足りないと考えて焦り、公職選挙違反も覚悟して無差別的に訪問配布することを指示したと、一貫して選挙運動としての指示への変更の動機を自白しているところ、右動機は、Mの出馬決定が遅れ、後援会もその発足届出は告示の約一か月前の三月九日であったこと等関係証拠に照らして明らかな事実に符合して信用性が高いと考えられることをも併せ考慮すると、結局原判決が認定したように、被告人が選挙運動に未成年者を使用した事実及び右の点に関する被告人の故意を認定することができるといわなければならない。

これに対して、所論はさらに、被告人の右自白は、捜査官の強要があったり、被告人がアルバイト学生にこれ以上迷惑をかけたくないとの心境から捜査官に迎合した結果なされた虚偽内容のものである、というのであるが、その内容の一貫性や捜査段階から弁護人の助言を受けていたこと、五月二日に釈放された後、六月二六日になされた略式手続の告知にも一旦同意していること等の事実経過に照らして、その任意性及び信用性は動かしがたいといわなければならない。

以上検討した結果によれば、所論1、2は到底採用できない。

次に所論3の機械的労務であるか否かについて検討するに、公職選挙法一三七条の二第二項は、有権者の投票を獲得するため、政策、政治的主張あるいは候補者の力量の優劣について、多種多様な議論と行動が衝突する選挙運動に、投票権がなく社会性も未熟な未成年者を巻き込ませないことが望ましいとする考え方を背景とし、選挙運動のあり方に一定の自制的ルールを設定した立法であると解されるところ、右立法の背景から推して、同条項ただし書が例外として選挙運動のために未成年者を使用できるとした労務とは、選挙事務所内の事務、ポスター貼り、車両の運転等、政策や主張あるいは候補者の力量の優劣という選挙運動の核心部分に直接関連しない、いわば肉体労働を指すと解するのが相当である。

ところが、被告人の指示を受けてAらが行った行為は、前認定のとおり、選挙告示後に、無差別的に各戸を訪問し有権者に直接会って、「売上税を阻止します。」といった政策や主張、さらに候補者の略歴や顔写真の印刷されたしおりと葉書を配布し、後援会加入を呼びかけることによって間接的に投票についての勧誘をし、その後その感触を報告するというものであったから、場合よっては他の政党や候補者の支持者との論争に直面する可能性も否定できず、Aらが不安を感じたように一定の精神的緊張を強いられる性質の行為であって、前記条項ただし書にいう機械的ないし肉体的労務と評価することは到底できず、所論3も採用できない。

その他所論にかんがみ、記録を精査して検討しても原判決に所論の事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意中、法令適用の誤を主張する点について

論旨は、要するに、選挙運動に未成年者を使用する行為を一律に禁止し処罰する公職選挙法一三七条の二第二項は憲法二一条に違反する、仮にそうでないとしても、十分政治的意思を表現し得る年齢といえる満一八歳及び一七歳の少年を使用した本件に適用することは違憲となるのに、これを合憲とした原判決の法令適用を非難するのである。

しかしながら、所論が指摘するように未成年者が選挙運動にかかわることを一律に禁止し、しかも未成年者自身を処罰する同法一三七条の二第一項の合理性には疑問が残るといわなければならないが、同条第二項は未成年者を選挙運動に使用することを禁止する規定であって、前記立法趣旨に照らして必ずしも不合理とまでは考えられず、また他種多様にわたる選挙運動に一定のルールを設定し、公正な競争を確保しようとする場合に、どのような内容のルールを設けることが妥当かの判断については、基本的に立法府の裁量に属していると考えられる点に照らしても、同条第二項が直ちに憲法二一条に違反するとの所論は採用できない。

また、本件選挙運動当時、A、Bとも高校を卒業し、予備校生あるいは専門学校に進学予定のものであったから、未成年者とはいっても年齢相応の政治的識見や社会性を有していたと考えられ、選挙運動が何かを全く理解できない低年齢の者を使用した場合との間に自ずから違いがあることは、所論指摘のとおりであるが、前認定のとおり、被告人は、候補者の政策や人物とは全く無関係にポスターを貼る等の肉体労働をさせるという前提で時給六〇〇円としてAらを雇用し、その後選挙情勢の逼迫を考慮していわばなし崩し的に事実上の選挙運動に引き入れ、そのため同人等に無用な不安感や緊張感を与えたのであって、前記立法趣旨に照らして本件に適用することが著しく不合理であるとも考えられない。本論旨も理由がない。

しかしながら職権をもって原判決の量刑について検討するに、原判決は、被告人が前述の未成年者二名を選挙運動に使用し、その報酬として両名に合計七万三〇〇〇円余を供与したという本件事案について、被告人を罰金一五万円に処し、公民権停止三年間を宣告したのであるが、被告人の原審及び当審公判廷における供述及び当審証人山田善市の供述によれば、選挙運動のうち機械的労務やあるいは後援会活動について未成年者、ことに大学生をアルバイトとして多数使用せざるを得ない事情及び場合によって右アルバイトに選挙運動と紛らわしい行動を依頼することも皆無とはいえない実態のあることがうかがえ、にもかかわらずこれまで未成年者使用による検挙ないし処罰例は極めて少ないと推認されるのであって、これに前記法令適用の誤の所論が強調するように、一八歳前後の青年らの選挙運動への関与を一律に禁止する立法政策の相当性については議論の余地が無いとはいえないことを考慮すると、本件事案の処罰価値は必ずしも高いとは考えられない。

さらに、被告人が現在も政治団体職員をしている点をも併せ考慮すると、原判決の前記量刑、ことに被告人の公民権を三年間停止するとの部分は重きに失するといわざるを得ない。

よって刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書を適用して更に判決することとし、原判決の認定した事実に原判決摘示の各法条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村上保之助 裁判官米田俊昭 裁判官安原浩)

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